縁屋と百の顔
ケロは、小さな車を運転していた。
路地ばかりのこの町にケロがやってきたのは、
ある人物に会ってほしいということだった。
ケロは縁屋(えにしや)。
縁を作るというと不思議な力に聞こえるが、
要は、連絡を取り合うことを仲介している。
紹介屋に少し近いかもしれない。
誰にとってどの縁が適切であるか。
縁料を少しばかりいただいて、そんなつながりを作っている。
路地を車で走ろうとして、やがてあきらめる。
路地が細すぎる。
ため息をついて、ケロは車を降りる。
「明石家っていったっけ…」
ケロは会ってほしいという明石家の情報を頭で繰り返す。
明石家のジン。
百の顔を持つジンという男らしいもの。
本性がなんなのかすでにわからない。
でも、彼は化ける天才であると聞く。
機械であるとも聞くし、青年ともおじさんとも聞く。
確かにそういう男と縁を作っておけば、後々役に立つかもしれない。
縁はいつでも使いよう。
人と金も使いよう。
それにしても、会ってほしいという依頼は、今まで少なかったなとケロは思う。
「ムダヅカインって、何者だろう」
ケロはなぐりがきの手紙を思い出し、
まぁいいやとすぐに切り替える。
仕事仕事。ムダヅカインというよくわかんない人からの、仕事。
報酬は、ないかもしれないけど、縁が一つ釣れたら儲けものかな。
ケロは路地の向こうまで歩き、商店街の小さいのを見つける。
赤ペンキで明石家と。間違いない。
肉屋だか何か機械の工場だか、
よくわからないたたずまいである。
ケロは店を覗き込み、誰もいないことを確認する。
通りには誰もいない。
静かだ。
うるさいネオンが視界に自己主張。
風の音だけが抜けていく、町はひどく静かで、
ケロはその気配にすぐに気がつかなかった。
気配のないはずの商店街に、いないはずの人影。
「何か御用?」
ロボットだ。
背の高いロボットが話しかけてきている。
ケロは驚く、当然だ。
こんなものは存在していなかったはず、と。
「僕の店を見ているから、お客かなと思って」
「…君が、ジン?」
「うん、僕がジン」
「百の顔を持つ男?」
「落ち着くのが嫌なんだ」
言ってすぐ、煙のようにロボットは化ける。
アキバ系青年の姿に。
「これで僕がジンだとはわかるまい」
「今、名乗ってるじゃない」
「しまった!」
ケロはこの縁が何を意味するかはともかく、
愉快な男だとは思った。