泥沼の王子様


(あー、もう、泥沼、めんどくせぇ)
マジカル・マイの撮影を終え、カルタの王子様は口に出さずにぼやく。
撮影中の表情は営業用。
笑っているわけではないけれどイケメン顔の表情。
正体がばれないように、顔の半分は仮面をつけているけれど、
内心とても面倒でしょうがない。
何でこうなったと思わずにいられない。
なんで、来週のマジカル・マイの最終回まで出る羽目になったと、
思わずにいられない。

カルタの王子様のユックは、
誰かを毒づいているわけではない。
ただ、果てしなくめんどくさく、
やってられっかと思っている。
「おつかれー、王子様」
明るくかけられた声に、ユックはくるぅりと振り返る。
「ハリー…」
「来週は最終回だね。がんばってね、王子様」
ニヤニヤ笑いながら、ハリーは楽しそうに激励する。
「元はといえば!」
「いいじゃない。最後まで正体不明の王子様だし」
「よくない!演じる身にもなれ!」
「えー、楽しそうに見えるけどなぁ」
「たのしくなんか…っ」
怒鳴ろうとして、言葉が反射的に飲み込まれた。
ハリーの後ろに、マイとシャノがやってきたのを認めたからだ。
ハリーはユックの飲み込んだ言葉を拾おうとして、
後ろを見て納得する。
「やあやあ、二人とも、おつかれー」
ハリーは二人にニコニコと微笑みかける。
(にゃろう、いつかみてろ…)
ハリーと、シャノ、マイは楽しく語らっている。
ユックはカルタの王子様のまま、この場を離れようとする。
「あ…」
気が付かれた。
残念そうな少女の声。
(ああああ、もう!気がつくなよ!)
心の絶叫にとどめる程度には、自制心がある。
「王子様」
シャノが呼びかける。
無視して去ってしまうこともできる。
できる。できるんだけどなぁ!と、心で葛藤。
「衣装のハリーさんのお友達なんですか?王子様」
「彼は古い友人だよ」
王子キャラを崩さないあたり、自分でもよくやったと思う。
そして、ひらめきが一つ。
「そうだ、ハリーも最終回には出てもらったらどうだろうね」
「ひょ?」
ハリーは素っ頓狂な声を出して、さすがに驚いたようだ。
「みんなで盛り上げようじゃないか」
と、表の顔で言いつつ、
(こうなりゃ一蓮托生だ!どうなってもしらねぇ!)
と、裏の声が叫ぶ。
ハリーは裏の声をなんとなく察したらしく、笑う。
「面白いね。みんなで派手にパーッとやろう」
盛り上げるハリーに、
(どうとでもなれ!)
と、ユックは心で叫ぶ。

やけを起こした王子様は気がつかない。
映画版もあるということに…。


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