人形の目覚め


失われた存在だった。
うそつきで、悪で、壊れて、
失われた存在だった。

彼が目覚めたときには、
彼をよみがえらせたものの存在はなく、
しばし途方にくれた。
やがて、部屋に入ってきた人が、
目を覚ました彼を見て、大声で泣き、
「グリグリですよ、覚えてますか、グリグリです」
と、泣きながら自己紹介する。
「うん、覚えているよ」
「ヨシロクさん」
「うん、僕の名前だね」
「よかった、ほんとよかった」
彼の、ヨシロクの記憶に障害はなく、
グリグリが気のいい大食いの男であったことをちゃんと覚えている。
ヨシロクが嘘をついて、暗鬼のサギーであったことも覚えている。
ヨシロクの存在を破壊して、
ガタリを呼び出したことも覚えている。
ヨシロクは悪だ。
悪の人形で、悪はなくなったほうがいいはずと、
普通そうじゃないかと思うのだけど、
ヨシロクはまた人形としてここにいて、
それをよかったと喜ぶ存在がある。
「難しいことはわかんないけど」
グリグリは鼻をすすって、言う。
「俺は、ヨシロクさんがいなかったら悲しかった」
「うーん…」
ヨシロクは考える。
グリグリはヨシロクと違って嘘はつかない。
悲しかったのも真実で、
ここにいてうれしいのも真実なのだろう。
嘘つきだったヨシロクは思う。真実は正義かといわれて、そうでもないと。
でも、グリグリの感じるところは、正義以前のもので、
正しい以前の、純粋なところ。
自分の心に、まず、嘘をついていない。

ヨシロクの人形の目が、じっとグリグリを見る。
ガタリが出てきて世の中それなりに大変なのだろうと思うが、
悪で、嘘つきだったヨシロクを、
待っていてくれた人がいる。
「ありがとう」
ヨシロクは一言。
これは嘘じゃない。
誰がヨシロクをよみがえらせたのかはわからないけれど、
ヨシロクは、感謝というものをしたくなった。
目覚めなおして正義の味方になるわけじゃない。
けれど、この、友人を、
守りたいし、喜ばせたいと思った。
「友人」
ヨシロクは考えの中に出てきた単語を反芻する。
「うん、友達だよ」
グリグリはうれしそうにそういって笑った。

ヨシロクの心はどこにあるのだろう。
どの部品を組めば、ヨシロクは人になれるだろう。
ヨシロクはただの人形。
一度壊れた人形。
それをグリグリは友達だという。
人形でなく、ひとつの存在として扱っている。
たとえヨシロクが正義でなくても。
友達といってくれるそれが、うれしかった。


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