術師の帰還


郵便屋は走る。
手紙を届けに。
郵便屋が郵便屋である限り、
手紙は届けなければならないし、
人をつながなくてはならないと思う。
郵便屋の記憶には、空白がたまにできる。
ここしばらく頻繁に起きるようになったと、郵便屋は思う。
今日も郵便屋は手紙を運ぶ。
空白の時間に託された、ムダヅカインの手紙を届けに。

ムダヅカイン。
それはどういう人なのかと郵便屋は思う。
郵便屋の空白の記憶に、いつも手紙を託していく人。
どこにいて誰なのだろう。
わからないけれど、よく知っている気がする。

郵便屋は路地を曲がる。
この手紙を届ければ仕事は終わりだ、と、
郵便屋の脳裏に言葉が走る。
郵便屋は、はたと足を止める。
仕事が終わる、それはどういうことだろう。
考える郵便屋に、不思議なものが見える。
それは、吹雪のような郵便物の群れ。
今まで届けた郵便物の一つ一つが、
郵便屋に感謝しているように舞っている、幻影。
(さぁ、その手紙で終わりだよ)
郵便物の幻影が、ささやく。
(戻ろうじゃないか、記憶も意識も役割も)
郵便屋は最後の手紙を届けに、小さなバーにやってくる。
「郵便です」
いつもとおなじように、郵便屋は郵便を届ける。
郵便物の幻影は、郵便屋にしか見えないようだ。
バーのマスターも、特別な顔はしていない。

ただ、郵便物を受け取ったバーのマスターが、
差出人を見て驚き、急いで郵便物を開封しにかかった。

郵便屋の周りにあった郵便物の幻影が、
ゆっくりと、舞い踊る札束の幻影になる。
(お疲れだったな、郵便屋)
彼は郵便屋をねぎらい、
あのときの姿に戻る。

最後に届けられた郵便物を、
バーのマスター、サンダーが開封する。
「久しぶりじゃな」
郵便屋から帰ってきた、術師ムダヅカインは挨拶する。
彼こそが消費の賢者、
世に消費のすばらしさを説く賢者。
彼がいて物語は始まった。

「お帰りなさい、ムダヅカインさん」
サンダーがにっこりと微笑む。
話したいことは山ほどある。
けれど、まずはやらねばならぬことがある。
ムダヅカインが始めたこの物語を、
あるべきところにおさめなくてはならない。
終わらせるためにムダヅカインは帰ってきた。
ムダヅカインは、そう感じている。

「わしは帰ってきたぞ」
ムダヅカインは笑う。
「わしがいなければ、始まらんし終わらんよ」

ムダヅカインの言葉は、役目を確信しているそれだった。


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