悪の炎


龍が消えて、風が一陣吹きぬける。
彼らの守り神的なゼニーの龍。
それを失い、町の誰もが不安になった。
サンザインも、三賢者も。
人が整えた龍脈の喪失。
信頼を重ねて重ねて、築き上げてきた、形が失われること。
それはある種の死を連想させる。
生まれること、そして、死ぬこと。
龍は死んだ。
そのイメージが、心に鈍い痛みを与える。

ヒーローとは戦い続けるもの。
身体の痛みに、慣れなくてはならないもの。
それでも、彼らは何かをなくす痛みにはぜんぜん慣れていなくて、
涙すら出てこない。
今まで最後の切り札としていた、ゼニーの龍。
彼らのゼニーの力の塊であり、
そして、結束と信頼の証でもあった。
それが失われるイメージが、頭から離れない感覚。
ゼニーの龍が失われることは、視覚的イメージから始まって、
脳裏に焼きつき、心を揺らす。動揺させる。
このままでいいなんて誰も思っていない。
けれど、何をしたらいいという言葉を誰も出すことができなくて。
沈黙。
風が一陣吹きぬける。

動揺している沈黙に、
ちりちりと近づいてくる気配。
近くにある何かが焦げるような不快さを、
伴ってやってくる、その気配は微弱。
ちりちり焦げるようなその気配は、
やがて、不安を燃料にぶすぶすと燃え始める。
邪悪が燃えようとしている。
黒い炎のような気配を、察知したときはもうすでに遅い。
悪の炎がめらめらと立ち上り、
黒いそれは、心に入り込み、焼きつくさんとする。

視覚化する、悪の炎。
それは、不安を糧にして燃え上がる。
頭を振って不安を追い出しにかかるもの。
黒い炎を消しにかかるもの。
悪意が招く混乱。
温度はなく、むしろ心が冷えていく感じさえする。
(やつめ…龍がいなくなることを計算づくか)
ムダヅカインは思ったが、
その目の端に信じられないものを見た。

生産の賢者、チンが、別のものに変質している。
生産の賢者が、この炎に焼かれ、心が別のものになっている。
(まさか…清算の賢者になってしまったのか、このときに)
生産の賢者は奪われる。
最終兵器としての清算の賢者へと変質させて。
悪の炎は満足したのか、
混乱している彼らから離れていく。

生産なきゼニーの力。
それは力が有限であることを示す。
勝てるのか。
不安は尽きなかった。


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